世界中をデジタル化したのに、
自分だけ77年間見えていなかった(笑)
何度倒れても、また立ち上がる。
ロッキー藤井です。
私はこれまで、いろいろな「見えないもの」を見えるようにしてきました。
お客さまの動き、料理人の勘、そして人間の心。ところが、最も身近にいた自分自身の心(癇癪玉)だけは、77年間まったく見えていませんでした。
世界中のお客さまは見えた。スープの濃度も測れた。なのに、自分の癇癪玉がいつ爆発するのかは分からない。今日は、飛行機とタンカーの設計から始まり、人間の心までデジタル化してしまった私の51年間の物語です。
飛行機には、路肩がない
若い頃、川崎重工で最初に携わったのは飛行機の設計でした。
飛行機は空を飛ぶ機械ですから、調子が悪いからと路肩に止めるわけにはいきません。空には路肩がないのです。「翼の強度はたぶん大丈夫」「最後は操縦士の勘で」などとは書けません。すべてを計算し、数字で確認し、再現できる図面にする技術者の姿勢が叩き込まれました。
その後、20万トンタンカーの設計にも携わり、「この世で設計できないものはない」とさえ思っていました。
しかし、自分の人生だけは「設計図も取扱説明書もないまま」走り始めていたのです。操縦士も船長も私。止める人もいない、少し危ない会社でした(笑)。
2つのデジタル化(マーケティングと調理)
51年前に独立し、製麺機メーカーを始めました。20万トンから、数百グラムのうどん一玉へ。しかし難しさは小さくなりませんでした。麺は繊細で、お客さまの「昨日のほうがおいしかった」の一言は20万トンタンカーより重かったのです。
そこで最初に取り組んだのが「デジタルマーケティング」でした。製麺機は自分で営業に行ってくれません。香川にいながら全国・海外の顧客の動きを数字で見える化し、世界進出を果たす成長エンジンを作りました。
次に取り組んだのが「Digital Cooking」です。「最後は愛情です」と言う料理人の横で「その愛情は何グラムですか」と聞きかねない勢いで、温度、水分、塩分、スープ濃度を数値化しました。これにより、誰でも熟練の味を世界中で安定して再現できるようになったのです。
顧客の行動・需要を数値で見える化し、地方から一気に世界市場を切り拓いた成長エンジン。
料理人の「勘や愛情」を温度・塩分・濃度としてデータ化し、世界中で味の再現性を確立。
測定器の入らない人間の心を、体験・信念・行動・成果のパターンとして可視化する人生の取扱説明書。
社長を辞めたら、突然「自分」が見えてきた
2025年、50年間経営した会社を長男へ承継し、社長を退任したとき、今まで見えていなかったものが突然見え始めました。私自身です。
思いどおりにならないと爆発する癇癪玉。「会社と家族のため」と言いながら周囲をコントロールしようとする無意識、自己犠牲。77年間、一度も点検せず、取説もないまま暴走していた製品は私自身だったのです。
人間の心には温度計も塩度計も入りません。「あと30秒で藤井薫が爆発します」という警報装置もありません。そこで私は、心そのものではなく「過去の体験と行動のパターン」を整理し、数値と言葉で見える化する仕組みを作りました。これが「根っ子学」です。
自分の根っ子に気づいた瞬間、長年破裂し続けていた癇癪玉は完全に消えました。我慢したのではなく、爆発する必要がなくなったのです。影の根っ子は、子どもの頃の自分を守るための防衛装置でした。気づけば光に変えられます。
2026年8月30日には実践経営学会で論文を発表し、多くの大学教授から「新しい視点だ」と高い評価をいただきました。
私の最大の失敗:あなたは「自分の取扱説明書」を持っていますか?
私の最大の失敗は、「問題の原因は外側(社員や家族)にある」と思い続けていたことです。世界中へ出張しながら、自分の心の中へ出張したのは77歳になってからでした(入国審査ではだいぶ止められました笑)。
経営者は、売上や利益、原価、在庫の数字は毎日測ります。しかし、その数字を生み出している経営者自身の「心の根っ子」は測っていません。
なぜ同じ問題が繰り返されるのか。なぜ任せられないのか。その奥には、見えていない根本原因(根っ子)があります。
しかし、自分の根っ子が見え始めると、人生も経営も軽やかに変わり始めます」
51年前、飛行機とタンカーを設計していた技術者が最後に挑んだのは、人間の心の設計図づくりでした。そして、その設計図を世界で一番必要としていたのは、ほかでもない私自身だったのです。
株式会社大和製作所 創業者・根っ子学®創始者。航空機・大型タンカーの設計から製麺機メーカーを創業。マーケティングと調理(Digital Cooking)の数値化を経て、人間の心のパターンを可視化する「根っ子学」を体系化。
