ロッキー藤井の失敗劇場⑤
ラーメン学校の校長なのに、
生徒に「ラーメン店をやるな」と
言った(笑)
何度倒れても、また立ち上がる。
皆さん、こんにちは。藤井薫です。
私は長年、ラーメン学校をやってきました。
当然、生徒さんの多くは、「自分のラーメン店を開きたい」という夢を持ってやって来ます。
ところが私は、そのラーメン学校を卒業した一人の生徒に、こう言いました。
「中野さん、ラーメン店はやらない方がいい。」
ラーメン学校の先生が、生徒にラーメン店をやるなと言ったのです(笑)。
普通なら、逆ですよね。
今日は、私が「止める」という判断をした後に、一本の枝ではなく、三本の枝が伸びていった話です。
第1幕|54歳でラーメン学校へ
「自分は、まだやれるはずだ。」
中野丈明さんと私が最初に接点を持ったのは、2013年12月でした。その後、何度も私のセミナーへ足を運び、2016年10月、54歳でラーメン学校へ入学しました。
当時、中野さんは一部上場企業の小森コーポレーションに勤務していました。
50歳を過ぎ、会社の中で自分が置かれているポジションに悶々とする一方、「自分は、まだやれるはずだ。」という思いがあったそうです。
そこで見つけた新しい道が、ラーメン店でした。学校を卒業した中野さんは、2018年7月の開業を考えていました。
ところが2017年1月。私のセミナーを受講するため品川へ来た中野さんを、私は昼食に誘いました。
「ラーメン店はやらない方がいい。」
私には理由がありました。繁盛店だけでなく、朝から晩まで一生懸命働いても利益が残らないラーメン店も、たくさん見てきたからです。
「今の年収と比べたら、ラーメン店を開いて半分以下、3分の1も取れれば良い方かもしれない。」
そして、こう伝えました。
60歳の定年まで、
今の会社で勤めなさい。
「それでもラーメン店を開きたかったら、もう一度私のところへ来なさい」と。卒業生に、あと6年会社員をやりなさいと言ったのですから、今考えても変わった先生です(笑)。
第2幕|あの判断は、本当に正しかったのか
選ばなかった人生を、
見ることはできない。
その後、私は時々考えました。
「あの時、中野さんを止めて、
本当に良かったのだろうか。」
もし私が背中を押していたら、大繁盛店をつくっていたかもしれません。反対に、大変な苦労をしていたかもしれない。
選ばなかった人生を見ることはできません。だから、今でも「あの判断は正しかった」とは言い切れません。
そして今年。ラーメン学校卒業から、ちょうど10年。中野さんと再び深く話す機会がありました。
利益が残る現実
夢だけでなく、店を始めた後の収入と働き方を考えました。
その後の10年間
中野さんがラーメン店以外で、どう根っ子を伸ばしたのか。
三刀流という生き方
止まった枝の先から、別の枝が伸びていました。
第3幕|一本止めたら、三本になった(笑)
ラーメン店を諦めても、
中野さんは止まらなかった。
中野さんは、そのエネルギーを1級FP技能士の取得へ向けました。そして60歳で定年退職し、相続コンサルタントとして独立しました。
ところが、外へ飛び出してみると、思うようにはいかなかった。
「着込んだつもりでも、
外は寒かったです(笑)」
そこで相続コンサルタントという「ライフワーク」を続けるため、生活を支える「ライスワーク」としてコンビニで働き始めました。
さらに大学時代の同期から声がかかり、自動車整備工場でも働くようになりました。
しかも、コンビニや自動車整備工場で出会った人から、相続の相談まで来るようになりました。
一定の収入があるため、相談者に無理に契約を勧める必要もない。
「自分が仕事を取りたい」ではなく、「この人にとって何が一番良いのか」を考えられる。
ライフワークを支える。
そしてライフワークが、また日常の仕事へ返っていく。仕事と人生が循環し始めたのです。
今日の根っ子|私が止めたのは「枝」だった
根っ子まで、
止めたわけではなかった。
この話を聞いて、私はハッとしました。
2017年、私は中野さんの「ラーメン店を開く」という一本の枝を止めました。
しかし、中野さんの根っ子まで止めたわけではなかった。
中野さんの中にあった、「自分は、まだやれる。」というエネルギーは生き続けていたのです。
1級FP技能士
ラーメンではなく、学びへエネルギーを向けました。
相続コンサルタント
定年後のライフワークとして独立しました。
コンビニ・整備工場
現実を支える仕事が、新しい相談との出会いを生みました。
一本止めたはずの枝が、
10年後には三本になっていました(笑)。
格好悪いと思っていた生き方が、人の勇気になった
自然な成長は、
最初から完成形ではない。
中野さんは以前、この三刀流を少し格好悪いと思っていたそうです。
ところが最近、50歳代向けのセミナーで自分の生き方を正直に話したところ、大きな反響がありました。
自分では欠点のように思っていた生き方が、誰かの勇気になった。
私は、これこそ「自然な成長」の一つではないかと思いました。
最初から三刀流を
目指したわけではない。
目の前の現実に一つひとつ向き合った結果、自分に合った形へ少しずつ近づいていったのです。
中野さんは今、「半分働き、半分遊ぶ」、「細く長く働き続ける」という生き方を大切にしています。
これから三刀流が二刀流になっても、一刀流になってもいい。
人生の選択は、後から意味が変わる
過去の選択の意味は、
その後の生き方で変わっていく。
中野さんは、ラーメン店を開かなかったことを「正解だった」とは言いません。
ただ、その後の10年間を一生懸命生きてきたことで、今は、「これで良かった」と思えるところまで来たそうです。
人生の選択は、
選んだ瞬間に○か×かが決まるものではない。
その後をどう生きたかによって、過去の選択の意味まで変わっていく。
2016年。私はラーメン学校の先生で、中野さんは生徒でした。
10年後。今度は私が、中野さんの生き方から「自然な成長」を教えてもらっています(笑)。
選んでいたら……」
そう思うことがあっても、一つの枝が伸びなかっただけで、人生が終わったわけではありません。
根っ子が生きていれば、また別の枝が伸びてくる。
読者の皆さんへ
あなたにも、
伸びなかった枝はありますか。
根っ子を大切にすることと、
枝を同じ形にし続けることは違う。
ラーメン店を開かなかった中野さんは、別の道で「自分は、まだやれる」という根っ子を伸ばしていました。
もしこの記事がご自身の人生と重なったら、このメールに「私も別の枝が伸びました」と一言返信してください。
格好のいい話でなくて結構です。ちょっと聞かせてください。
「私も別の枝が伸びました」と送る →発行人
ロッキー藤井
大和製作所創業者・根っ子学®創始者。約50年間の経営、家族、失敗、事業承継の経験から、人や会社を内側から動かす「見えない根っ子」を言葉と構造で見えるようにし、自然な成長につなげる研究と実践に取り組んでいます。
何度倒れても、また立ち上がる。根っ子が生きていれば、また枝は伸びてくる。
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